エッジ・イノベーションの時代

IT分野の学生で、就職先として比較的新しく小規模な企業、いわゆるベンチャー企業を選ぶ場面が少しづつ増えているという。もちろん、これまで就職先人気ランキングの上位といえば、日本を代表する大企業の指定席だったし、現在も全体の傾向として、人気ランキング上位をこれらの大企業が占めていることには変わりない。

しかし、ことIT分野に限っては、少しづつ事情が変わっているようである。これらの人材はなぜベンチャー企業を目指すのだろうか?

本人にとっては、やりがいがある、裁量があるなどの理由があるだろう。しかし、もっと大きな視点でみれば、イノベーションの発信地として、新興の中小企業、あるいは個人が台頭しつつあることがある。これらのイノベーションの発信地を、大企業・大組織と対比して「エッジ」と呼ぼう。

エッジにおけるイノベーションが存在感を増している本質的な理由はは、イノベーションにもっとも重要な資産が「情報」になりつつあることである。

「Information wants to be free;情報は自由になりたがる」といったのはスチュワート・ブランドであるが、情報という資産は他の資産、例えば旋盤加工技術やプラントの機械と異なり、社会の隅々まで容易に行き渡る。ソフトウェアを開発する技術(知識)も情報なら、そこで出来上がるプロダクト(ソフトウェア)も情報である。

大組織でなくとも、こうした知識としての情報、財としての情報にアクセスすることは容易である。したがって、エッジにおいても最新の情報にアクセスし、新しいプロダクトやサービスを産み出すことが可能になる。そう考えると、優秀な人材が、自らのスキルをいかして、もっともイノベーションを産み出せる場としてベンチャー企業を選ぶのも一理ある。

一方、大組織のメリットは、規模の経済をいかすことだ。大量に作ることによるコスト削減、大規模な投資や研究開発、大規模・長期間にわたるプロジェクトを引き受けるだけのリスク受容力などが強みである。実際に、IT分野でも巨額の投資が必要になる分野では規模の経済が活かされている。Microsoft, Apple, Google, Amazonなどもそうである。(もっとも、これらの企業はスタートアップから急速に巨大企業に成長した)

ただ、もしこうした規模の経済をいかすための組織が、逆に足かせになるようなら要注意である。固定的な人事制度、過去の成功体験、重層的な意思決定などは、業務によっては有益で実際に機能してきたが、スピーディーなイノベーションにとっては阻害要因となる可能性がある。

しかし、それでは大企業はどうすればいいのか?

いくつかの対処が考えられる。まず、エッジにおいてイノベーションを産み出しているベンチャー企業との連携である。それぞれが持つ強みをいかした事業創造ができるかもしれない。

もうひとつは、エッジにおけるイノベーションに適した人事・組織づくりである。現場・若手への権限移譲、意思決定の簡素化、リーン・スタートアップの採用など、IT業界で生き残っていくためには必要な施策ではないだろうか。(ただし、制度間の相互依存関係などもあり、制度の見直しが用意ではないのは青木昌彦先生が提唱する比較制度分析でも指摘されている)

一方で、大企業にしかできない仕事があるのも事実である。不確実性の高い案件、大量の人員を抱える必要のある案件、長期的な投資が必要な案件など、余力のある大企業でなければできない分野も多々あるだろう。

こうした分野で力を発揮しつつ、「エッジ・イノベーション」時代に合うよう、制度を見直し、ベンチャー企業と大企業双方が強みを発揮していくことが必要ではないだろうか。