シリコンバレーが生み出す経済学の新潮流

アメリカの経済学界に面白い動きが出てきた。これまで経済学といえばハーバード大学、MIT、シカゴ大学、プリンストン大学など東海岸方面の大学が中心的な役割を果たしてきた。しかしここ数年、西海岸のサンフランシスコ郊外、すなわちシリコンバレーの近くでもあるスタンフォード大学が一流の経済学者を集め、存在感を増しているというのである(New York Times記事:How Stanford took on the Giants of Economics)。

同記事によると、ノーベル賞受賞者であるアーヴィン・ロス氏が最近ハーバードからスタンフォードに移ったほか、若手の優秀な経済学者に与えられるジョン・ベイツ・クラーク・メダルを2000年以降に受賞した11人のうち、4人がスタンフォードにいるそうである。

同紙は、この動きを「経済学研究の幅広い変化の現れ」と見る。それは、「最先端の研究が、偉大な個人の学者によって作られる数学的理論よりも、例えば社会によって収入がどのように異なるか、産業がどのように組織されるかなどの様々なトピックについて、大量のデータを操作して洞察を得る能力に、より大きく依存するようになっている」からであるとする。また、そうした研究のためには他の分野、例えば社会学やコンピュータ・サイエンスとの連携や、最先端の情報技術を使うことが必要になっているという。

短く言えば、一般的理論(グラン・セオリーとでも呼ぼう)の構築よりも、実社会の課題に関する実践的な研究へシフトしており、それもデータの操作が重要になりつつあるということである。実証的研究が盛んになってきたのは今に始まったことではないが、それに加えてビッグデータ操作などの技術的な要素によって、西海岸の大学がより魅力的になっているということだろう。

スタンフォード大学の教育研究の責任者も、大学が優秀な研究者を採用する際に、経済学者がコンピュータ・サイエンスや統計学の専門家とアイデアを交換するなど、部門を越えた取り組みができる環境であることは、大いに有利に働いているという。

一方、スタンフォード大学で情報経済学分野の研究者であったハル・ヴァリアン氏が、Googleのチーフ・エコノミストになるといったこともある。この地域におけるコンピュータ・サイエンス分野の充実は、シリコンバレーの企業とスタンフォード大学の双方にメリットをもたらしているようだ。もっとも、ハーバード大学も近所のMITとは単位互換制度などもあり、文系と理系のシナジーから多くの成果を生み出してきたことはもちろんであるが、世界に影響を与えるサービスが次々に生まれている場所としては、現在のところシリコンバレーに分があるかもしれない。

こうしたイノベーションの場の近くで経済学研究を行うメリットには以下の2つがあるだろう。

経済学的テーマの宝庫である。

日々生まれる新たな技術やサービスは、それ自体が研究対象となりうる。そのサービスにおけるユーザーの行動や経済的な仕組み、また新サービスの社会的なインパクトなども研究対象となりうる。

研究手法の革新

近年だけでも、計量経済学やDSGE(動学的確率的一般均衡)モデルなど、手法の開発が進んできたが、最先端の情報技術を使えば、経済学の手法ももっと進む可能性がある。機械学習、IoT(Internet of Things)などはその候補であろう。

もちろん、こうした実践的な研究から一歩引いて、じっくりと腰を据えて世界を変える理論を産み出すのも大きな意味がある。一方で、スタンフォード大学の例で示されたような、分野横断的な連携や、実践活動との連携から産み出される「学問のイノベーション」も意識しておく必要があるだろう。