巨大プラットフォーム企業をどう規制すべきか

GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に代表される世界的な巨大プラットフォーム企業をどう規制すべきかという議論が急速に活発化している。

この背景として、例えば大手プラットフォーム企業の競争優位の状態が固定化されるとか、個人情報を独占的に取集している、また課税を回避しているなど様々な問題が指摘されている。こうした中、米国のエリザベス・ウォレン上院議員のように、企業分割を主張する人まで現れてきた

しかし、これらの議論には複数の異なる論点が混在していたり、必ずしも論理的な対応ではなく、感情的な反応も見られる。

筆者は、こうした大手プラットフォーム企業に対する規制は、論点を明確に切り分け、それぞれの論点について客観的な事実の検証に基づき、政策効果の高い対策を取るべきだと考えている。以下ではその論点を示していきたい。

1.大手プラットフォーム企業は独占的な地位を用いて不公正な商取引を行っているか

例えば、出店している小売店の出店料を大幅に値上げしたり、一般ユーザーの個人情報を転売できるように利用規約を変更をして、利用者に不利益が生じる変更を行うことが想定される。そして、競合他社がいないために、ユーザーがその条件を受け入れざるを得ないという場合である。これを検証するためには、こうした不当な変更などがあったかどうかを利用者に対して調査する必要がある。こうした不利益変更は、リアルな場面では、デパートの小売店に対する扱いと類似している。

もう一つ問題になっているのは、プラットフォーム上に展開するサービスについて、プラットフォーマー自身のサービスを上位に表示する等によって独占的な地位を濫用していないかという点である。これについても客観的な事例の蓄積が必要である。こちらも、コンビニなど大手チェーンのプライベートブランドと他社製品の競争状態にも類似している。

以上のように、①不利益変更の有無、②他のプラットフォームへの乗り換え可能性の程度、③既存のリアルサービスにおける規制との対比、の3つの視点で状況を確認する必要がある。

2.大手プラットフォーム企業は蓄積されたデータによって、人工知能開発においても優位に立ち、独占的な地位を築くか

人工知能の開発にデータが必要であることは間違いない。そして、大手プラットフォーム企業がビッグデータを抱えているが、そのようなデータを持たない企業は不利だ、という意見がある。

しかしこの数年だけでも、アリババやテンセントは巨大なプラットフォーム企業に成長し、大量のデータを保有するようになった。ほかにも、Uberは大量のモビリティデータを持っているし、Airbnbは観光と宿泊データ、メルカリはC2Cの取引について膨大なデータを持っている。要するに、データはいくらでも作れるのである。ユーザーが便利だと思うサービスさえ作れれば、ユーザーがそれを使うたびにデータは無限に生成される。問題はデータが無いことではなく、ユーザーの支持を得てデータを作れるようなサービスが生まれていないことである。

その一方で、より深刻なのは「人材」の独占である。優秀な学生やエンジニアは、より高い給与とやりがいを求めて、大きな仕事のできるプラットフォーム企業に就職する傾向にある。もちろん、彼らはさらに新しいことにチャレンジすべく辞めていくケースも多く、労働市場の競争状態には何ら問題はない。

問題は、伝統的な日本企業が、そうした人材獲得競争の輪から外れているということである。大手日本企業の中にも、破格の給与を出して優秀な人材を獲得する試みを始めているところもあるが、条件は給与だけではない。社内の風土や、権限の大きさ、意思決定の速さ、ワークスペースの快適性など、優秀な人材を惹きつける要素が揃っているかが重要である。

3.大手プラットフォーム企業は不公正に課税を回避しているか

大手プラットフォーマーの納税額が、標準的な企業と比べて極端に低いことが問題視されており、売上高に課税する「デジタル課税」の導入が検討されている。欧州委員会は、伝統的な企業が23.3%の法人税を払っているのに対して、デジタル企業は平均で9.5%しか支払っていないと推計している

インターネットサービスは、事業拠点を設けなくともリモートでサービスを提供できるため、既存の税制が想定していなかった事態が生じていることは確かである。リモートでサービスを提供していても、道路、通信、社会一般の安全性など各国の公的インフラに依存しているのは確かであり、相応の費用負担を求めるのは合理性がある。公平性と実効性をともに確保できる制度の設計は容易ではないが、検討課題である。

一方、米国のムニューシン財務長官は、事業所の有無にかかわらず売上高に課税するという方法を、「インターネット企業だけ」に適用するというのは、制度の一貫性から問題があると主張している。確かに現在はインターネット企業なのか、金融業なのか、物流業なのか、境界があいまいになりつつあり、どこまで適用するのか検討する必要もあるだろう。

4.大手プラットフォーム企業はユーザーのプライバシーを侵害しているか

プライバシーの問題は、ユーザーのプライバシー、すなわち狭義には「私生活をみだりに公開されない権利」、広義には「自己情報をコントロールする権利」が侵害されているかという問題だが、そこに「他国のサーバーに預けて大丈夫か」というナショナルセキュリティの観点が混在しており、特に論点が混在している課題だ。

前者の問題では、近年のITサービスは一般的に情報の公開範囲を細かく設定できるため、みだりに公開されるという点で問題になるケースは少ない。一方、自己情報のコントロール権という点では、「便利なサービス」ということで、無断で(あるいは読むのが事実上困難な利用規約に書いてあるかもしれないが)自分の情報が活用されていることがある。

例えば電子メールの内容からカレンダーアプリに転載したり、写真から自動的に人物名をタグ付けしたりといったことは、ユーザーが自ら明示的に依頼したわけではないが、企業側がデータを分析してサービスをオファーしている。

より良いサービスの開発のためという目的もあり、また実際にユーザーが便利なものとして受け入れる可能性も充分あるため、一概に線を引くことはできない。しかし、ユーザーが不快に思うサービス変更については、中立的な第三者が情報を収集し、状況を把握する仕組みが必要だろう。

最も重要なのは透明性の確保

いずれの問題にも共通するのは、ネットサービスは何が行われているのか、どのように重要な情報が管理されているのかを、外部から見ることが難しいということだ。そのため、客観的な事実に基づかず、印象のみで規制を議論することになりやすい。

したがって、まず取り組むべきなのはサービスの透明性をどう確保するかである。デジタルな監査、第三者による苦情申し立て制度の拡充、報告制度など検討の余地がある。あるいは、テクノロジーによってユーザーサイドから情報を収集する仕組みも作れるだろう。

ニューヨークタイムズが伝えているが、ウェブの生みの親であるティム・バーナーズ=リーは、2019年3月のイベントで「最も重要なのは、市民が企業と政府に説明責任を果たさせることだ」と述べている。

営業秘密との関係もあるが、プラットフォームが伝統的な「市場」と同じように高い公益性を持ち始めているなか、透明性を高めていくことは、有効な政策を議論する第一歩となるのではないだろうか。

最後に、プラットフォーム企業に規制を設けるのであれば、「それが自国企業でも同じように規制するか?」を問いかける必要がある。それは公平性のためでもあるし、実際に規制が施行されたときに、実効性の観点から言って最も影響を受けるのは、その司法管轄下に本社を置く自国企業だからである。

 

 

Financial Inclusion

Singapore Fintech Festivalのテーマの一つが、Financial Inclusion、すなわち貧しいために金融サービスの便益を享受できていない人々に金融を提供するというものであった。

最終日にはこの分野の第一人者で、国連のSpecial Advocateを務めているオランダのマキシマ女王もスピーチを行った。

世界にはおよそ20億人の人々が金融サービスを受けることができていないという。例えば、貧しくて銀行口座を開設できない、農村で働いているため銀行が近くにないといった要因で、金融サービスをほとんど受けることができず、現金のみで生活しているようなケースだ。

これは、どのような問題になるのだろうか。

例えば、働いた報酬を全て現金で受け取る。銀行は隣町にあるので、貯蓄して金利を受け取ることができない。もちろん、口座がないので融資を受けることも難しいし、保険に入ることもできない。

このように、せっかく働いて報酬を得ても、その対価を有効に活用することができず、結果として貧しさから抜け出せないという問題がある。

広い意味では、自分のお金を自分でコントロールできるということは、私有財産制の徹底と言ってもよい。働いて得たお金を、送ったり、貯蓄したり、投資したり、物を買う対価として支払ったりといった活動を自由に行えるということは、人間の自律的な経済活動の根幹でもある。こうした私有財産の徹底は、資本主義と民主主義の基礎でもある。

また、融資を受けたりや投資することはは、自分の将来への投資でもあるし、未来の時間を先取りして有効に活用することでもある。保険はリスクを管理してより効果的・効率的な資源の使い方を可能にする。就学のためのローン、事業資金の借り入れが可能になれば、本人の成長にとっても、経済全体にとってもプラスになる。

Financial Inclusionは、こうした問題をテクノロジーの力で解決しようとする運動である。

ただし、金融へのアクセスが可能になるからといって、全ての人に融資すべきということではないだろう。適切な審査を行うことは貸し手にとっても借り手にとっても必要なはずである。また、デジタルになれば金利等の設定が見えにくくなることもある。この辺は当局による規制や監督が必要になる。

ところで、規制(Regulation)をITを使って円滑に進めることも可能だ。これらはRegTechとも呼ばれる。世の中の業務がデジタルになるにつれ、規制の運用もデジタルに行うことで、より効率的に規制監督を行うことができる。

いずれにせよ、貧しさから抜け出せない原因の一つに、金融の欠落があるとすれば、それをテクノロジーで補う余地がある。適切な規制・監督のもと、個人の自立と尊厳が守られるよう、現場の課題を解決するサービスが企画されることに期待したい。

 

ビットコインとリアル通貨の接合

ビットコインの存在感も再び目立つようになってきたところかと思う。オルトコイン呼ばれる、ビットコインと類似の仮想通貨も数多く登場しており、この分野はFinTechの柱の一つとなっている。

ところが、ビットコインについて正式に規制される動きが加速している。オーストラリアでは、大手銀行がビットコインとの取引を停止する措置を取ったそうである。(2015年10月5日付International New York Times※)

記事を見る限り、大手銀行に開設されていたビットコイン取引所関連の銀行口座が閉鎖されたようである。これによって、ビットコインを持っていても、ビットコインからオーストラリアドルに両替することも、また逆にオーストラリアドルからビットコインに両替することもできなくなる。また、同記事によると、もともと英国や米国では同様に大手銀行はビットコイン関連の取引を停止しているという。

今回の措置で、オーストラリアに17あるビットコイン両替所のうち13が営業停止となったそうである。ビットコインの利用者にとっては大打撃だろう。

オーストラリア銀行協会の担当者のコメントによると、透明性の不足、規制・監視の不足によって、ユーザへのリスクが懸念される他に、決済システムへのリスク、金融システムへの信頼、課税ベースの減少が懸念されるという。もちろんこれはオーストラリアの銀行側の意見であり、ビットコインユーザは別の見解を持つだろう。

興味深いのは、今回の措置は政府が規制したものではないということである。あくまでも銀行がビットコインとの両替に関わる業務を行わないようにしたということである。これまでビットコインについては様子見、黙認という国が多かったと思うが、銀行側がこのような措置を取ったということは、金融業界としてそれなりに脅威を感じているということかもしれない。

また、今回の件でもう一つ興味深いのは、ビットコインといえども、既存通貨との両替というところにそのボトルネックというか、利用価値を確保するための重要なポイントがあったということである。

P2Pの技術がこのリアル通貨との接合部分で行き詰まるのか、はたまた別の方法で打開策を見いだすのか、今後も注目である。

※New York Timesのサイトでは同記事は見つからなかったが、元記事と思われるのはこちら(Reuter)。