Facebookの仮想通貨Libraの経済学的論点

Facebookが主導する仮想通貨Libraが発表された。Libraは27のパートナー企業とともに、Libra Associationによって管理・運営されるという。

これまで、ブロックチェーンを用いたビジネスモデルは多種多様なものが構想され、実証され、一部は実際に運用されてきた。ブロックチェーンの価値記録の特性を活かして企業が経済圏を作るというのは、活用方法としては王道であり、目新しいものではないが、27億人というFacebookのユーザー数を考えたとき、その規模の大きさは、これまでの取り組みに類を見ないものである。

システム的なおさらいをしておくと、今回提案されているLibraはLibra Associationの意思決定をつかさどるLibra Association Councilのメンバー企業、すなわち初期の27の立ち上げメンバー企業が、一台ずつノードを出し合うパーミッションドの構成で作られる(通常、この形態はコンソーシアムと呼ばれる)。パーミッションドは透明性やオープン性の点で課題も多く、ブロックチェーンの良さを引き出しているとは言えない面もあるが、その点はLibra側も十分認識しているらしく、ホワイトペーパーでは運用開始後5年以内にパーミッションレス(オープン)なブロックチェーンへの移行を目指すとしている。

その本気度は、スマートコントラクト用に新たなプログラミング言語「Move」を開発してまで進めていることからもわかる。ゆくゆくは、だれもがMoveで書いたコードをLibra Blockchain上で動かすことができるようになるという。マネーだけでなく、グローバルなロジック動作の基盤までをもインフラ的に提供することになれば、そのインパクトは大きいだろう。

Facebookメッセンジャーなどで、簡単にお金を人と人の間で送金できるようになれば、新しいお金の流れや経済活動を生み出すことも期待される。ホワイトペーパーが謳うように、Financial Inclusionにも貢献することもあるかもしれない(本当に金融にアクセスできない人が使えるようになるかは注視する必要があるが)。

このように、様々な可能性を秘めたLibraであるが、課題も山積している。情報経済学の視点から、論点を整理しておきたい。

1. 巨額の運用資金の投資先

Libraは既存資産による裏付けを行う点に最も大きな特徴がある。ペッグするわけではなく、Libraを販売した際に受け取ったフィアットマネーで、各国通貨や国債を買う。それらの資産はLibraリザーブと呼ばれ、Libraの価値の裏付けとなっている。また、リザーブの時価によってLibraの価格が変動するという仕組みになっている。

そして、Libraが実現した際に最も特徴的なのはその潜在的な規模である。既存のペイメント手段で見ると、アリペイは2017年時点において、5億人のユーザー数で預かり資産が24兆円ともいわれている。これは、一人4.8万円デポジットしたことになる。これをFacebookのユーザー数27億人に当てはめると、約130兆円の預かり資産となる。もっとも、これはLibraが相当成功した場合であって、一人あたり1,000円のデポジットとしても良いが、その場合でも預かり資産は2兆7000億円となる。

日本の年金を運用しているGPIFの預かり資産は120兆円、米国債の毎年の新規発行額は100兆円前後なので、もしLibraがアリペイ並みの成功を収めれば、国際金融秩序にもそれなりの存在感を持つことになるだろう。

つまり、Libraリザーブが特定の国の国債や株を大量に購入すれば、それらを買い支えることも可能であり、また急に売却すれば混乱させることもあり得る。リザーブの運用に関する透明性やガバナンスが課題となるだろう。

2. 運用益の問題

上記のように巨額の資金を国債等で運用することになるが、仮に130兆円規模になれば、1%の利息でも年間1兆3000憶円の運用益が得られる。こうした運用益は利用者には分配されず、Libraの運営者の運営資金や、初期投資者(つまり立ち上げに参画した27社)に分配されるとされている。これは、Facebookをはじめとして参画に関わった各社にとっては大きな収益機会となるだろう。

一方で、利用者がこの状況に黙っているかどうかはわからない。アリペイなら預けているお金で資産運用ができる「余額宝(ユアバオ)」、WeChat Payにも同様の「零銭通(りんせんつう)」というサービスがある。お金を生み出す可能性のある資産が、ただ寝かされている、あるいは持ち主に還元されない、という状況は経済学的には考えにくい。

今後Libraのブロックチェーンはスマートコントラクト機能の充実も含め、よりオープンなプラットフォームになるとされている。そこで、サードパーティが資産運用サービスを展開することも考えられるかもしれない。デポジットしたお金の運用益がどうなるかは、ホワイトペーパーで書かれているように単純に済むかどうかは不透明であり、また今後のビジネスチャンスにもなり得るだろう。

3. 取引所と価格形成の問題

Libraはフィアットマネーや国債等の資産によるリザーブに特徴があり、リザーブの時価でLibraの価格も決まることになっている。この場合において、Libraと他の仮想通貨やフィアットマネーとの取引を、自由にサードパーティのマーケットプレイスに認めるかという問題がある。

というのも、自由に取引を認めた場合、Libraの価格は需要と供給によって決まることになる。ビットコインをはじめとする仮想通貨の価格形成がそうであるように、買いたい人が多ければ値段は上がっていく。もちろん、新規にLibraを買い入れた場合は、その分の対価のお金でリザーブ資産を買い増せば問題は生じないが、すでに市中に発行してしまったLibraの売買を自由に市場で行った場合、Libraの価格は上がっていく一方、リザーブ資産の価値は(国債や通貨の下落等により)下がっていくという場合がありうる。つまり、Libraの時価とリザーブの資産価格から算出される価格に乖離が生じる可能性がある。

これを防ぐためには、Libraの売買をLibra Associationが一手に行い、価格はあくまでもリザーブ資産から算出された価格に一本化する必要がある。こうなると、両替をAssociationが独占的に担う形になり、両替ビジネスの独占性という点でも注意が必要である。両替のスプレッドから生じる利益も巨額になる可能性があるためである。なお、スプレッドの存在はホワイトペーパーでも認めている。

ホワイトペーパー上では取引所を自由に設立することをエンカレッジするとなっているが、果たしてLibraの価格形成が安定的に行えるのかは詳細に検討する必要があるだろう。

おわりに

イングランド銀行のマーク・カーニー総裁が、(Libraのような規模になると)公共財としての金融システムという側面があり、それを民間企業にゆだねることが妥当かと指摘しているが、投資先や運用益の問題など、規模が大きいがゆえに生じるガバナンス上の問題ともいえる。今後の詳細検討や公聴会での議論に注目したい。

生物学におけるエネルギー通貨と実経済

Singapore FinTech FestivalでMITメディアラボのJoi Itoさんが、Self-adoptive system, System of systemsの話の中で、生物学のエネルギー通貨の話に触れていて、興味深かったので少し考えてみた。

あらゆる生物の中には細胞があり、細胞の中のミトコンドリアでエネルギーを生成している。そこでエネルギーのもとを供給しているのが高分子の一つであるATP(adenosine triphosphate:アデノシン三リン酸)である。このATPが運んでいるエネルギーの元は、摂取した食料である。

ATPはミトコンドリア内でADPと呼ばれる物質に分解され、その際にエネルギーが放出される。ここで放出されたエネルギーは、その後より複雑な分子を作ったり、筋肉を動かしたり、様々な用途に使われることになる。

一方、ミトコンドリア内で使われたADPは、再合成されてATPに戻り、エネルギーを運んで次の活動にも使われることになる。これをATPの「リサイクル」と呼ぶ。

ATPは、生物のあらゆる活動に必要なリソースを運んでおり、また転々流通して使われることから「エネルギー通貨」とも呼ばれている。

ミトコンドリアがATPを取り込み、ある活動をして、外部にまたATPを放出する。こうしてATPは「エネルギー通貨」として天下の回りものとなるわけである。

一方、以下のような疑問も残っている。ミトコンドリア内でATPをもとにエネルギーを放出し、さらにATPをリサイクルした際、使う前と後のATPに含まれるエネルギー要素は減るのだろうか。あるいは、ミトコンドリア内では酸素も使うため、前後のATPは等価なのだろうか。また、何回、あるいはリサイクルされるのだろうか(継続的に食物摂取が必要ということは無限ではないだろう)。各細胞で生成されたエネルギーは、回り回って、食物や酸素など、外部から取り入れたエネルギー源を再生成するために使われるということになるのだろうか。

これらの疑問は置いておくとして、経済の観点から見ると、いくつか興味深い示唆がある。

  • 生物を分子レベルで見ると、ある活動と別の活動が互いに相互依存して動いている。
  • ある分子の活動はその直接的な目的だけでなく、他の活動にも使えるような汎用的な価値移転の仕組みも備えている。
  • 活動の多様性を維持するには汎用的な基準による価値移転が必要かもしれない
  • 一方、実経済においては通貨(生物の場合はATP)の価値が外部要因により乱高下する場合がある(為替レート、金利等)
  • サブシステム間で移転される価値基準が変動することによるメリット・デメリットは何だろうか。

仮想通貨により、地域通貨やIoT通貨など様々な価値移転の方法が生まれているなか、生物システムに教訓を得るのも面白いかもしれない。

参考
ATP: The Perfect Energy Currency for the Cell, Jerry Bergman

 

 

 

 

ブロックチェーンのフロンティア

錚々たる有識者の皆様にご協力いただき、国際大学GLOCOMの機関誌「智場」121号、「特集:ブロックチェーンのフロンティア」が発刊されました。

智場121号表紙

 

私は編者として全体のとりまとめと一部の執筆を行っています。

製本版はAmazonから、PDF版はGLOCOMのHPより入手できます。どうぞご覧ください。
以下、GLOCOMのHPより
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(高木聡一郎「はじめに」抜粋)

この数年のブロックチェーン技術の発展は目覚ましいものがある.約8年前に誕生したビットコインは,今や一般の人々が投資や通常の商取引で使用する場面も出てきている.また,通貨や決済のみならず,様々な資産の管理,電力の流通,Internet of Thingsまで,幅広い応用可能性が検討され,世界各地で実証実験や実用化に向けた検討が行われている.
このように注目が高まっているブロックチェーンであるが,その本質や社会・経済への影響に関する議論はまだ緒に就いたばかりである.これは,技術そのものが発展途上であると同時に,応用についてもその対象が極めて幅広く,全体像を固定的に把握することが難しいということにも起因しているであろう.こうしたなかで,国際大学GLOCOMでは,2016年3月18日に「ブロックチェーン経済研究ラボ」(Blockchain Economics Research Lab)を設置し,技術や応用の発展と並行して研究を深めてきたところである.本号は,こうしたGLOCOMでの研究活動を基盤としつつ,ブロックチェーンに関する研究領域を代表する多彩な識者による最新の論考により構成した.

ブロックチェーン技術は文字通り日進月歩であり,最新の情報をキャッチアップすることも重要である.その一方で,ブロックチェーン技術がもたらす社会的・経済的影響について深く考察していくことも,その技術と向き合っていくうえで不可欠である.本号は,ブロックチェーン技術とその社会経済的な意味合いに関する最先端の考察を結集したものであり,その意味で,読者に「ブロックチェーンのフロンティア」を提示するものとなることを,編者として願う次第である.

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目次
Part 1. ブロックチェーンがもたらす社会・経済の変容

  • [巻頭論文] ブロックチェーンと組織:「信頼の脱組織化」から考える(高木聡一郎)
  • [特別寄稿] Expectation on Blockchain: Blockchain Economics and Financeブロックチェーンへの期待:ブロックチェーン経済と金融(メラニー・スワン)
  • 仮想通貨は金融政策の重荷となるのだろうか――貨幣数量説,FTPL,そしてハイエク(岩村 充)
  • [ 座談会 ] 地域活性化とデジタル通貨(田中秀幸 × 武宮 誠 × 藤井靖史 × 高木聡一郎)
  • ブロックチェーンへの期待(前川 徹)

Part 2. 技術的課題とイノベーションのフロンティア

  • ブロックチェーン技術概要(高木聡一郎)
  • ブロックチェーンの安全性とその課題(松尾真一郎)
  • ブロックチェーンへの期待と,普及へ向けた課題(楠 正憲)

Part 3. シンポジウム「ブロックチェーン・イノベーション」抄録
GLOCOM View of The Worldシンポジウム「ブロックチェーン・イノベーション2016 パネルディスカッション」

  • 1. 「ブロックチェーンと通貨の未来」(登壇者:高木 聡一郎,岩下 直行,武宮 誠/モデレータ:田中 秀幸)
  • 2.「ブロックチェーンの安全性と汎用性を考える」(登壇者:榊原 彰,楠 正憲,佐野 究一郎,高城 勝信,松尾 真一郎/モデレータ:高木 聡一郎)

 

新連載「テクノロジーの経済学」

Biz/Zineにて、新しい連載「テクノロジーの経済学」を始めました。

テクノロジーと社会・経済の関係を幅広く考えていきます。

第1回:限界費用ゼロ社会で起こる、「経済主体の分散」と「富の集中」とは?

 

前書きより
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近年、テクノロジーの進化のスピードには目を見張るものがある。IoT、人工知能、ブロックチェーンと、新しい技術が次々と生まれてきた。一方で、最近のテクノロジーの進化は、社会的な変革や課題を伴うことにも特徴がある。クラウドソーシングやシェアリング・エコノミーの出現、仮想通貨の実現と普及、自律分散型組織、人工知能と雇用の問題など、社会的な制度、組織、概念などの組み替えが求められるようになっている。

このような現代のテクノロジーの進化を考える上では、テクノロジーと社会の相互作用という視点が不可欠である。テクノロジーは社会制度や人々の考え方に影響を与え、また社会からのニーズがあってはじめてイノベーションが実現する。本連載では、テクノロジーと社会・経済の相互作用という観点を土台としつつ、テクノロジーの進化が我々の社会にどのような変化をもたらしてきたのか、また社会はテクノロジーに影響を受けてどこへ向かっていくのか、考察していきたい。
第1回となる本稿では、イノベーションによって引き起こされる社会変革を考える上で、共通的に使える視点をいくつか提供することにする。

「ブロックチェーン・エコノミクス」発刊

拙著「ブロックチェーン・エコノミクス 分散と自動化による新しい経済のかたち」が発刊になりました。

ブロックチェーンでビジネスや社会、経済の仕組みはどう変わるのか? というテーマで書きました。

経済学の視点で、IoT、自律分散組織、中央銀行デジタル通貨、ICOなど、幅広いトピックをカバーしております。また、ブロックチェーン(ビットコイン)の仕組みについても、程よい深さで解説させて頂いたつもりです。

ぜひお手に取ってご覧いただけますと幸いです。
(今はPOD版ですが、そのうち電子版も出る予定です。)

 

ブロックチェーン表紙画像

シェアリングの経済学

今日はGLOCOMで開催された研究ワークショップ「社会課題解決策としてのシェアリングエコノミー ~人材・地方の遊休資産を再活用するインパクト」に参加者として参加した。

先日の情報文化学会の基調講演もそうだが、最近シェアリング・エコノミーについて考える機会が増えている。

シェアリングが可能になった背景には二つの意味での取引コストの削減がある。

一つは、ICTによって空いた部屋、空いた車、空いた時間(労働力)などに関する需要と供給を可視化し、マッチングが飛躍的に効率化したことだ。

しかし、もう一つ重要な取引コストの低減がある。それは、評判と信頼の可視化により、不確実性や機会主義的行動という取引コストを削減したことだ

C to C(コンシューマーとコンシューマー)が直接やり取りするシェアリングでは、階層組織による監督機能がないため、とりわけ提供側に付随する不確実性や機会主義のリスクが増大する。例えばライドシェアに乗せた後に料金を水増ししたり、遠回りしたりといったことだ。あるいは、部屋を借りたら清掃が行き届いていなかった、ということもありうる(もちろん、利用者側の不確実性も存在する)。

こうした不確実性が高まると、市場で取引することはできず、企業組織によって上司からの監督という形で品質を保証することで不確実性を回避することになる。

こうした不確実性について、シェアリングではレーティング(評価)という形で回避している。さらに、決済機能を外部化することで、支払いにまつわる不確実性や機会主義を低減している。C to Cのシェアリングが機能するためには、こうした不確実性の回避は不可欠なものだ。

最近のシェアリングサービスの普及は、ICTにより取引コストが低減されるのであれば、階層的組織でなくともサービスを提供できることを示している。それは、ヒエラルキーから分散型・マーケット型のサービス提供形態への転換の可能性を示している。

その一方で、それがいわゆるC to C、すなわち生活者同士のシェアという思想に基づくものか、あるいは新しいプロフェッショナルなサービスの提供形態なのかは明らかではない。

また、シェアリングは一面では個の権限の増大を示しているが、一方ではネットワーク効果を背景とした仲介事業者のスーパースター化を伴う可能性があることにも注意が必要だろう。