「人工知能で雇用が無くなる」論文をどう読むか

少し前から、人工知能の発達で将来、人間の仕事がなくなってしまうのではないかという話が話題になっている。

これが話題になったきっかけは、二つあるだろう。一つは、MIT教授のブリニョルフソンらが執筆した『機械との競争』。コンピュータの発達により、単純作業ではない仕事すら機械に置き換わっているのではないかと警鐘を鳴らした書籍である。今は続編の『セカンド・マシン・エイジ』も発売されている。

もう一つが、「オックスフォード大学の調査」である。

この論文はいろいろなところで引き合いに出されているが、結果だけが一人歩きしている感じもあるので、ここで私なりに少し解説してみたいと思う。

まず、この論文はFrey and Osborne (2013) “The Future of Employment: How Susceptible are Jobs to Computerisation?“である。「オックスフォード大学の研究」と紹介されることが多いが、研究者としてはFrey and Osborne論文と呼んでほしいかもしれない(笑)。ただし、オックスフォード大学のマーティン・スクールという社会課題を扱う研究所のプロジェクトとして執筆されたものであるようなので、オックスフォード大学の研究といっても、あながち間違いではないだろう。

この論文はどこかの学会に投稿されたり、査読を通ったものではなく、上記の研究所のHPにアップされているもので、誰でも無料でダウンロードすることができる。言って見ればフリーペーパー論文であるが、だからといって問題というわけではない。

タイムリーで重要なインパクトを持つ論文であれば、査読に出して1年、2年かかって通った後に発表するより、すぐに誰でもダウンロードできる形で発表することは意味があるし、実際に社会的に与えたインパクトを見ると、研究論文の発表の仕方として、こういうのもありだなと思える面もある。

前置きが長くなったが、肝心の中身を少し説明したい。この研究の手順は以下の通りである。

①米国の職業別の特性を表すデータを入手する。

なぜ米国かといえば、細かい職業別(元データは903分類)に、それぞれの職業の特性を表すデータが揃っているからである。その特性は9つあり、以下の通りである。

・手先の器用さ
・体の器用さ
・環境の複雑性への対応
・オリジナリティ
・芸術性
・社会性
・交渉力
・説得力
・他者のケア

このデータと、別のデータベースから持ってきた職業別の賃金や雇用数のデータを接続したため、対象の職業数は最終的に702となった。

②上記のうち70の職種について、コンピュータで置き換えられるかどうか、主観に基づき1か0で判定する

なぜ70かといえば、これは後の分析のためのサンプルであるのと、研究員が自信を持って判定できるのがこれくらいだったということである。この時の「1」は、「ビッグデータが使えると仮定して、その職業のタスクが、最新のコンピュータで制御された機器で実行されることが可能か」にYesと考えられる場合である。実際に置き換えられると想定されるのではなく、「可能か」を問われているのに注意が必要である。

③上記の仮判定(0,1)と9つの職業の特性の関係を分析する

④上記の9つの特性と0,1の関係を使って、改めて職業別に0〜1の数値を算出する。

ここでは、probabilistic classificationという手法が用いられるが、複雑なので省略します。

これで、0.7以上の数値になった職業が、雇用数で見ると全体の47%に該当するのである。これを見ると、「約半数の雇用がコンピュータで失われる!」と読む人もいるかもしれない。

ただし、論文内にもはっきりと書かれているが、この0〜1は「職業が将来のいずれか未定のタイミングでコンピュータ化されうる」という意味であり、時期は未定である。また、最初に見たように、仮に結果が「1」だとしても、それは「確実にコンピュータ化されると思われる」という意味であり、現実にすでにコンピュータ化されているわけではない。もしそうだったら、職業分類には出てこないだろう。

従って、0.7だからといって今すぐ、あるいは近い将来に機械に置き換わると考えるのは早計だろう。著者自身も、「いくつの雇用が実際に自動化されるかを推計するつもりはない」と述べている。

この論文の特徴を改めて言えば、それぞれの職業の特性から、コンピュータとロボットに置き換えられる可能性を分析しているものだ。いわば内生的なファクターのみを考慮している。しかし、実際に雇用が失われるかどうかは外生的なファクターに大きく左右される。例えば以下のようなものである。

①政治的な要素
②安全面からの配慮
③社会的なニーズ・コンピュータ化の経済合理性

この辺については、また改めて書いていきたいと思う。