プライバシー法制と貿易転換効果

以前にも少し取り上げたことがあるが、ヨーロッパ(EU)はプライバシー保護基準が厳しく、EUが認めた国でなければ、EU域内から個人情報を持ち出すことはできない。この認めることを十分性認定というが、現時点で認められている国々はわずかで、アメリカも含まれていない。

だから、本来はGoogleやAppleなどは、もしアメリカのデータセンターを使っていれば、欧州のユーザーの情報をアメリカに転送して管理することはできない。しかし、実はEUとアメリカ間では「アメリカは特別に良しとしましょう」という協定がある。これをセーフハーバー協定と呼び、過去15年にわたり運用されてきた。この協定のおかげで、EU域外の企業も、インターネット経由でヨーロッパのユーザーにサービスを提供してこれたのである。

ところが、つい先日、欧州司法裁判所が、このEUとアメリカ間のセーフハーバー協定が無効であるとの判決を下した。これについてNew York Timesが報じているところでは、EUとアメリカは(おそらく判決で無効となった理由を解決できるように)新しいセーフハーバー協定を過去2年間にわたり交渉してきたようだが、いまだ妥結には至っていない。(記事:As U.S. Tech Companies Scramble, Group Sees Opportunity in Safe Harbor Decision

同記事によると、プライバシー規制関係者は、これを機会にEUと米国の規制当局である FTCの間の連携をもっと密にして、解決策を探ろうという動きはあるようである。アメリカ企業が欧州市民の個人情報をアメリカで管理することを続けるためには、厳密に言えば新たなセーフハーバー協定が発効するか、あるいはアメリカが十分性認定を受けるといったことが必要になる。

これに関連して、同記事は興味深い事例を掲載している。アメリカ企業が、ヨーロッパ域内のクラウド事業者に業務とデータを移管し、欧州市民に関するデータ管理はEU内で行う動きがあるというのだ。また、マイクロソフトは欧州に新しいデータセンターを構築中であるが、それは部分的には今回の欧州司法裁判所の判決が影響しているとしている。

ところで、国際貿易の分野では、経済連携協定(EUやTPPもそうしたものの一つだ)の効果として「貿易創造効果」と「貿易転換効果」という理論がある。貿易創造効果とは、連携協定のメンバー国間の関税が撤廃されることで、メンバー国間の貿易量が増えることだ。貿易転換効果とは、関税撤廃で域内の方が安くなり、域外との取引が域内での取引に転換することを示す。

今回の決定は関税を撤廃したわけではないが、データ転送を貿易と見ると、EUがルールを統一化していることは、関税を下げるのと同じような効果があるのである。域外と取引するより域内の方が安くなる結果、EU域内にデータセンターを置いたり、域内のクラウド事業者で業務を処理しようとする動きが出てきているとも見ることができる。

もちろん、ITが進展するにつれてプライバシーの懸念が高まっているのは確かである。また、EUが意図したのは欧州市民のプライバシーを確実に守ることだろう。だが、ここに報じられているような法制度上の動きと企業の対応は、国際貿易理論における貿易転換効果と通じるところもあるのである。

教育ITとプライバシー

2015年9月1日版International New York Timesによると、アメリカでは学校でIT機器を使うことは一般的で、幼稚園前から12年生までの学校教育に使われるソフトウェア市場だけで84億ドルになるそうである。多くの学校でGmailやMicrosoft email等を使い、カレンダー機能やWeb検索、ファイル共有などを行うそうだ。

そこで、子供のプライバシーにたいする懸念が高まっている。そこで、学校で使用したITツールやソフトウェアを提供した企業などが、生徒のプライバシー情報を目的外に利用したり、売買したりしないよう、今年だけで全米の46の州で、182もの法律が制定されたそうである。

日本ではIT機器やデジタル教科書の導入が議論されているが、米国はその先の課題に直面しているようだ。学校教育へのIT導入には賛否色々な意見があると思うが、それと同時に、Gmailやカレンダー、Web検索を使っているところをみると、日本とは使い方やねらいも違うのかもしれない。

個人情報サービスの需要と供給

昨今のWebサービスは無料のものが多い。しかし、お金を払う代わりに、我々が差し出さなければならないものがある。それは、通常我々の個人情報だ。

氏名、住所、電話番号、職業、年収などなど、サービスによって求められる情報はさまざまだ。そのサービスを受けるのに途中まで入力したものの、そんなに情報を提供する必要があるならやめよう、ということで途中で入力をやめてしまった経験もあるのではないだろうか。

ということは、個人情報は通貨のようなものであるとも言える。たくさん出すならサービスを使わない。ちょっとしか出さなくて良ければ使いたい。もし通貨のアナロジーが通じるならば、経済学の需要と供給の法則もあてはまりそうである。個人情報がもし通貨だったら、需要と供給からどのようなことが言えるだろうか。

通常の需要と供給は以下のような図で表される。

個人1

需要は右下がり、供給は右上がりである。単純にいえば、需要(購入側)は安いほどたくさん欲しい。供給(提供)側は高いほどたくさん売りたい。二つの線が交わったところが均衡点であり、市場における取引はこの点の価格と量で行われる。

この需要曲線を個人情報に単純に置き換えたものが下記の図だ。(直線なのになぜ曲線というのか疑問かもしれないが、慣例としてこう呼ばれている)

個人2

提供する個人情報の量が少ないほど、Webサービスをたくさん使いたい。たくさん提供しなければならないなら、プライバシーの懸念があるので、あまり使いたくない。

しかし、実は別のケースがあることに気がつく。FacebookやTwitterなどのSNSは、ユーザー登録に必須の情報はかなり少ないが、多くのユーザーが自ら望んで多くの個人情報を掲載している。職歴、趣味、昨日何をしたか、最近買ったものは何か・・・。自分たちがより多くの個人情報を提供するにつれ、より強くそのサービスを使いたいという欲求が生まれているともいえる。(本人は、友人とシェアしているだけで、SNS企業に提供しているつもりはないかもしれない。)

すると、この需要曲線は次のような形になる。

個人3

驚くべきことに、C型である。提供する個人情報が多いと使いたくなくなるが、一定の量を超えてくると、逆にもっと使いたくなるのである。これを、「個人情報サービスに関するC型の需要曲線」と呼んでみたい。

これに供給曲線を載せると、以下のようになる。

個人4

需要と供給が交わるポイントが2つあることがわかるだろう。おそらく、点Aのほうは個人情報をたくさん提供するほど使いたくなるサービスで、SNSのようなものにあてはまる。一方の点Bは、通常のWebサービスであり、個人情報を提供することはやむを得ないものであり、少ないほど嬉しいはずだ。

つまり、個人情報を通貨と見立てて、需要と供給で分析すると、均衡点は2つあることがわかる。それは、個人情報の提供が自ら望んでいる場合と、やむを得ない場合の2つのケースがあるからである。個人情報と通貨は、似ているところもあるが、違うところもあることがわかるだろう。