Facebookの仮想通貨Libraの経済学的論点

Facebookが主導する仮想通貨Libraが発表された。Libraは27のパートナー企業とともに、Libra Associationによって管理・運営されるという。

これまで、ブロックチェーンを用いたビジネスモデルは多種多様なものが構想され、実証され、一部は実際に運用されてきた。ブロックチェーンの価値記録の特性を活かして企業が経済圏を作るというのは、活用方法としては王道であり、目新しいものではないが、27億人というFacebookのユーザー数を考えたとき、その規模の大きさは、これまでの取り組みに類を見ないものである。

システム的なおさらいをしておくと、今回提案されているLibraはLibra Associationの意思決定をつかさどるLibra Association Councilのメンバー企業、すなわち初期の27の立ち上げメンバー企業が、一台ずつノードを出し合うパーミッションドの構成で作られる(通常、この形態はコンソーシアムと呼ばれる)。パーミッションドは透明性やオープン性の点で課題も多く、ブロックチェーンの良さを引き出しているとは言えない面もあるが、その点はLibra側も十分認識しているらしく、ホワイトペーパーでは運用開始後5年以内にパーミッションレス(オープン)なブロックチェーンへの移行を目指すとしている。

その本気度は、スマートコントラクト用に新たなプログラミング言語「Move」を開発してまで進めていることからもわかる。ゆくゆくは、だれもがMoveで書いたコードをLibra Blockchain上で動かすことができるようになるという。マネーだけでなく、グローバルなロジック動作の基盤までをもインフラ的に提供することになれば、そのインパクトは大きいだろう。

Facebookメッセンジャーなどで、簡単にお金を人と人の間で送金できるようになれば、新しいお金の流れや経済活動を生み出すことも期待される。ホワイトペーパーが謳うように、Financial Inclusionにも貢献することもあるかもしれない(本当に金融にアクセスできない人が使えるようになるかは注視する必要があるが)。

このように、様々な可能性を秘めたLibraであるが、課題も山積している。情報経済学の視点から、論点を整理しておきたい。

1. 巨額の運用資金の投資先

Libraは既存資産による裏付けを行う点に最も大きな特徴がある。ペッグするわけではなく、Libraを販売した際に受け取ったフィアットマネーで、各国通貨や国債を買う。それらの資産はLibraリザーブと呼ばれ、Libraの価値の裏付けとなっている。また、リザーブの時価によってLibraの価格が変動するという仕組みになっている。

そして、Libraが実現した際に最も特徴的なのはその潜在的な規模である。既存のペイメント手段で見ると、アリペイは2017年時点において、5億人のユーザー数で預かり資産が24兆円ともいわれている。これは、一人4.8万円デポジットしたことになる。これをFacebookのユーザー数27億人に当てはめると、約130兆円の預かり資産となる。もっとも、これはLibraが相当成功した場合であって、一人あたり1,000円のデポジットとしても良いが、その場合でも預かり資産は2兆7000億円となる。

日本の年金を運用しているGPIFの預かり資産は120兆円、米国債の毎年の新規発行額は100兆円前後なので、もしLibraがアリペイ並みの成功を収めれば、国際金融秩序にもそれなりの存在感を持つことになるだろう。

つまり、Libraリザーブが特定の国の国債や株を大量に購入すれば、それらを買い支えることも可能であり、また急に売却すれば混乱させることもあり得る。リザーブの運用に関する透明性やガバナンスが課題となるだろう。

2. 運用益の問題

上記のように巨額の資金を国債等で運用することになるが、仮に130兆円規模になれば、1%の利息でも年間1兆3000憶円の運用益が得られる。こうした運用益は利用者には分配されず、Libraの運営者の運営資金や、初期投資者(つまり立ち上げに参画した27社)に分配されるとされている。これは、Facebookをはじめとして参画に関わった各社にとっては大きな収益機会となるだろう。

一方で、利用者がこの状況に黙っているかどうかはわからない。アリペイなら預けているお金で資産運用ができる「余額宝(ユアバオ)」、WeChat Payにも同様の「零銭通(りんせんつう)」というサービスがある。お金を生み出す可能性のある資産が、ただ寝かされている、あるいは持ち主に還元されない、という状況は経済学的には考えにくい。

今後Libraのブロックチェーンはスマートコントラクト機能の充実も含め、よりオープンなプラットフォームになるとされている。そこで、サードパーティが資産運用サービスを展開することも考えられるかもしれない。デポジットしたお金の運用益がどうなるかは、ホワイトペーパーで書かれているように単純に済むかどうかは不透明であり、また今後のビジネスチャンスにもなり得るだろう。

3. 取引所と価格形成の問題

Libraはフィアットマネーや国債等の資産によるリザーブに特徴があり、リザーブの時価でLibraの価格も決まることになっている。この場合において、Libraと他の仮想通貨やフィアットマネーとの取引を、自由にサードパーティのマーケットプレイスに認めるかという問題がある。

というのも、自由に取引を認めた場合、Libraの価格は需要と供給によって決まることになる。ビットコインをはじめとする仮想通貨の価格形成がそうであるように、買いたい人が多ければ値段は上がっていく。もちろん、新規にLibraを買い入れた場合は、その分の対価のお金でリザーブ資産を買い増せば問題は生じないが、すでに市中に発行してしまったLibraの売買を自由に市場で行った場合、Libraの価格は上がっていく一方、リザーブ資産の価値は(国債や通貨の下落等により)下がっていくという場合がありうる。つまり、Libraの時価とリザーブの資産価格から算出される価格に乖離が生じる可能性がある。

これを防ぐためには、Libraの売買をLibra Associationが一手に行い、価格はあくまでもリザーブ資産から算出された価格に一本化する必要がある。こうなると、両替をAssociationが独占的に担う形になり、両替ビジネスの独占性という点でも注意が必要である。両替のスプレッドから生じる利益も巨額になる可能性があるためである。なお、スプレッドの存在はホワイトペーパーでも認めている。

ホワイトペーパー上では取引所を自由に設立することをエンカレッジするとなっているが、果たしてLibraの価格形成が安定的に行えるのかは詳細に検討する必要があるだろう。

おわりに

イングランド銀行のマーク・カーニー総裁が、(Libraのような規模になると)公共財としての金融システムという側面があり、それを民間企業にゆだねることが妥当かと指摘しているが、投資先や運用益の問題など、規模が大きいがゆえに生じるガバナンス上の問題ともいえる。今後の詳細検討や公聴会での議論に注目したい。

分散台帳技術を用いた非中央集権的ガバナンスの理想と現実

日本国際問題研究所のプロジェクト『グローバリズム再考:国際経済秩序を揺るがす危機要因の研究 「世界経済研究会」報告書』が公開されました。3年プロジェクトの2年目の中間報告の位置づけです。

中国の一帯一路、米国政治、G20、IMFなどのテーマが並ぶなか、ブロックチェーンを取り上げて、「分散台帳技術を用いた非中央集権的ガバナンスの理想と現実」という章を執筆しました。

本文より
「こうした非中央集権的な特性は、既存のガバナンスと信頼の構造を大きく変えるものとして注目を集めてきた。それは、権威を持つ国家や大規模金融機関が主導し、グローバルなガバナンスを規定していく体制に対するオルタナティブとしての一面を持っている。すなわち、『反グローバリズム』が自由貿易推進、国際協調主義に対する国家至上主義とするならば、そもそも国家などの既存の権威組織主導によるガバナンスに対する、草の根的なグローバルガバナンス像の提示でもあった。」

PDFでダウンロードできますので、ご興味のある方はご覧ください。

 

 

ブロックチェーン活用の未来

先日出版した書籍「Blockchain Economics: Implications of Distributed Ledgers: Markets, Communications Networks, and Algorithmic Reality」には、私の論文「Does Blockchain “Decentralize” Everything?: An Insight from Organizational Economics」(ブロックチェーンはすべてを分散化するか?組織経済学からの洞察)が掲載されている。

自律分散型組織(DAO)というキーワードに代表されるように、ブロックチェーンを活用して、あらゆる業務に対して非中央集権的なサービスを作る動きがあるが、どこまで拡張可能かを組織経済学のフレームワークで分析したものだ。

結論を簡単に言えば、自律分散化するためには業務を完全にコーディングする必要があるが、現実には全ての業務を形式化してコーディングするのは難しい。コーディングされない部分は誰かが任意の意思決定を行う必要があり、そこには中央集権的組織構造が残ることになるというものだ。

ビットコインは、トークンの発行と決済という機能に範囲を限定したことで、ほぼすべての業務をコーディングすることができたが、それでもユーザーインタフェースや交換業務などは中央集権的な取引所に依存している。

業務を丸ごとすべてブロックチェーンで置き換えるよりも、トークンの管理や証跡の記録など、一部の機能に特化して使うことで、サービスの信頼性を高めていくことに使うというのが現実的だろう。

ところで、中国ではアリペイやWeChat Payが急速に普及しており、日本でもLINE、メルカリ、Paypay、みずほ銀行など、モバイルペイメントの展開が急ピッチで進んでいる。先日もPaypayのキャンペーンが注目を集めたばかりだ。

これらのモバイルペイメントサービスの多くは、各企業が運営する中央集権化されたサービスである。こうした中央集権化されたペイメントがユーザーに急速に支持され、普及しつつある。「自律分散的」であることが、ユーザーにとって訴求するものがあるかというのもポイントである。

おそらく、ブロックチェーンは、インターネットにおけるSSLのように、「インターネットでできること」を拡張するプロトコルのようなものになるだろう。ネット上で価値を交換したり、証跡を残すことのできるアドオンのようなものである。

もちろん、そのコアの部分にはインフラに近いサービスを提供する可能性はある。例えばビットコインのブロックチェーンは、カラードコインの形で情報証明インフラの機能を果たしている。

ブロックチェーンの活用は、誰もが使えるインフラに近い部分を提供するか、「システムの一部に必要に応じてブロックチェーンを活用したサービス」かのどちらかで考える必要があるのではないだろうか。

Blockchain Economics出版のお知らせ

書籍「Blockchain: Blueprint for a New Economy」で知られるMelanie Swan氏らとともに、「Blockchain Economics: Implications of Distributed Ledgers: Markets, Communications Networks, and Algorithmic Reality」という書籍を発刊させていただきました。

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私は編者の一人として書籍全体の編集に関わったほか、私自身の章も採録されています。

本書籍は査読付き論文を採録した学術図書であり、ブロックチェーンの持つ意味合いや影響について専門的に踏み込んだ内容の書籍となっています。

私自身の論文は第2章となっています。

Chapter 2: Does Blockchain “Decentralize” Everything?: An Insight from Organizational Economics(ブロックチェーンはすべてを分散化できるか?組織経済学からの洞察)

ブロックチェーンがどこまで組織を分散化できるのか、組織経済学の観点から論じたものとなっています。

要旨は以下の通りです。

There have been increasing expectations that blockchain technology would decentralize organizations in a wider range of services such as sharing economy, public ledgers, and electricity. On the other hand, decentralization is facing difficult challenges such as seen in the split of Bitcoin and the growing expectation on permissioned ledgers. This chapter aims to shed light on the economic mechanisms behind blockchain-enabled decentralization from the viewpoint of organizational economics. An analysis is provided with an in-depth case study of the Bitcoin ecosystem. Results reveal that blockchain technology decentralizes organizations by reducing uncertainty through codifying tasks and also by reducing the risk of opportunism through the governance by distributed participants, while those decentralization applies only to a fraction of the whole ecosystem. Additionally, decentralization sacrifices workers’ incentives such as income risk aversion and efficient decision-making. Therefore, the extent of blockchain-enabled decentralization is determined by the trade-offs between efficiency through tasks marketization and workers’ incentives.

よろしければお手に取ってご覧ください。

 

「ブロックチェーン・エコノミクス」 の将来〜ブロックチェーン技術は社会と経済にどのような影響を与えうるか

8月31日(金)に、ブロックチェーンハブにて表記の講演をさせていただきます。ご関心の方はこちらよりお申し込みください。

日時 2018/08/31 (金)  19:00 – 20:30 JST
会場 ブロックチェーンハブ日本橋事務所 (千城ビル5階)

特別講義  ブロックチェーンの応用可能性

ブロックチェーン技術は仮想通貨のみならず、様々な分野における活用可能性が指摘されている。しかし、それがもたらす本質的な影響や、具体的な活用への道筋は必ずしも明らかではない。本講演では、一般財団法人機械システム振興協会が国際大学GLOCOMに委託して調査を実施し作成した「ブロックチェーン技術の応用に関する戦略策定」報告書の内容を元に、ブロックチェーン技術が金融以外を含めた多様な分野において、どのような影響を与えうるか、どのような活用が可能かを検討する。

講演内容

・ブロックチェーンの本質的影響

・本質的影響と事例

・技術的展開に関するシナリオ

・各分野への影響(「金融」、「エネルギー」、「製造業」、「行政」、「知識情報 サービス」)

・課題とまとめ

ブロックチェーンのフロンティア

錚々たる有識者の皆様にご協力いただき、国際大学GLOCOMの機関誌「智場」121号、「特集:ブロックチェーンのフロンティア」が発刊されました。

智場121号表紙

 

私は編者として全体のとりまとめと一部の執筆を行っています。

製本版はAmazonから、PDF版はGLOCOMのHPより入手できます。どうぞご覧ください。
以下、GLOCOMのHPより
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(高木聡一郎「はじめに」抜粋)

この数年のブロックチェーン技術の発展は目覚ましいものがある.約8年前に誕生したビットコインは,今や一般の人々が投資や通常の商取引で使用する場面も出てきている.また,通貨や決済のみならず,様々な資産の管理,電力の流通,Internet of Thingsまで,幅広い応用可能性が検討され,世界各地で実証実験や実用化に向けた検討が行われている.
このように注目が高まっているブロックチェーンであるが,その本質や社会・経済への影響に関する議論はまだ緒に就いたばかりである.これは,技術そのものが発展途上であると同時に,応用についてもその対象が極めて幅広く,全体像を固定的に把握することが難しいということにも起因しているであろう.こうしたなかで,国際大学GLOCOMでは,2016年3月18日に「ブロックチェーン経済研究ラボ」(Blockchain Economics Research Lab)を設置し,技術や応用の発展と並行して研究を深めてきたところである.本号は,こうしたGLOCOMでの研究活動を基盤としつつ,ブロックチェーンに関する研究領域を代表する多彩な識者による最新の論考により構成した.

ブロックチェーン技術は文字通り日進月歩であり,最新の情報をキャッチアップすることも重要である.その一方で,ブロックチェーン技術がもたらす社会的・経済的影響について深く考察していくことも,その技術と向き合っていくうえで不可欠である.本号は,ブロックチェーン技術とその社会経済的な意味合いに関する最先端の考察を結集したものであり,その意味で,読者に「ブロックチェーンのフロンティア」を提示するものとなることを,編者として願う次第である.

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目次
Part 1. ブロックチェーンがもたらす社会・経済の変容

  • [巻頭論文] ブロックチェーンと組織:「信頼の脱組織化」から考える(高木聡一郎)
  • [特別寄稿] Expectation on Blockchain: Blockchain Economics and Financeブロックチェーンへの期待:ブロックチェーン経済と金融(メラニー・スワン)
  • 仮想通貨は金融政策の重荷となるのだろうか――貨幣数量説,FTPL,そしてハイエク(岩村 充)
  • [ 座談会 ] 地域活性化とデジタル通貨(田中秀幸 × 武宮 誠 × 藤井靖史 × 高木聡一郎)
  • ブロックチェーンへの期待(前川 徹)

Part 2. 技術的課題とイノベーションのフロンティア

  • ブロックチェーン技術概要(高木聡一郎)
  • ブロックチェーンの安全性とその課題(松尾真一郎)
  • ブロックチェーンへの期待と,普及へ向けた課題(楠 正憲)

Part 3. シンポジウム「ブロックチェーン・イノベーション」抄録
GLOCOM View of The Worldシンポジウム「ブロックチェーン・イノベーション2016 パネルディスカッション」

  • 1. 「ブロックチェーンと通貨の未来」(登壇者:高木 聡一郎,岩下 直行,武宮 誠/モデレータ:田中 秀幸)
  • 2.「ブロックチェーンの安全性と汎用性を考える」(登壇者:榊原 彰,楠 正憲,佐野 究一郎,高城 勝信,松尾 真一郎/モデレータ:高木 聡一郎)

 

ブロックチェーンと企業のかたち

日立製作所のExecutive Foresight Onlineに、インタビュー記事を掲載して頂きました。このサイトでは、技術と社会、経営など非常に幅広いテーマで記事が掲載されています。

私は、「新たな企業経営のかたちを探る【ブロックチェーン×経営】 ブロックチェーンが社会を変える」と題して、3回シリーズで掲載して頂きました。

第1回:価値の交換の新しいインフラ

第2回:仮想通貨を超えるさまざまな活用法

第3回:貨幣、企業、組織はどう変わる?

よろしければご覧ください。

 

 

ビットコイン分裂から考える「分散性」の課題

最近、巷を騒がせているビットコインの分裂問題。一時は分裂は回避されたとする見方もあったが、8月1日以降、BitcoinとBitcoin Cashに分裂するという見方が強くなった。執筆時点では、実際にBitcoin CashがBitcoinから分裂し、新たな通貨としてドルに対する値付けもされているようだ。

この分裂問題は、そもそもはビットコインの機能改善を狙ったものだ。機能改善の方法に複数の提案がなされており、どれを採用するかで単一の解決策へ合意形成ができなかった場合に分裂が起こるというものである。

改善すべき機能というのは、いわゆる「スケーラビリティ問題」と呼ばれるもので、現状では1秒間に7取引しか処理することができないというものである。このままビットコインが普及していけば(あるいは現状でも既に)処理が間に合わず、ビットコインの決済機能自体の信頼性が失われることが危惧されている。

ところで、ビットコインには下記のように、様々なステークホルダーがいる。

  • マイナー(ブロックを作成し、台帳を維持する役割)
  • 開発者(ビットコインを動かすためのソフトウェアの開発者)
  • 取引所運営者(ビットコイン等の仮想通貨の取引を仲介する事業者)
  • 一般ユーザー(ビットコインを投資や決済目的で使用するユーザー)

このうち、機能改善に向けて様々な提案を行ったり、ソフトウェアを開発するのは、通常②の「開発者」である。彼らは、ビットコインの開発者コミュニティの作法に従い、改善策を提案し、実際に改善版のソフトウェアを作成する。中には①マイナーと②開発者を兼ねる主体もいるかもしれない。改善案は、BIP(Bitcoin Improvement Proposals)に番号が付いた形で提案される。これまで出てきた改善案は、以下のようなものだ。

 

主な機能改善案

BIP91

これは、取引データの圧縮とブロックサイズの倍増をセットで行う「Segwit2x」と呼ばれるものを内容とする。前半のSegwitとはSegregated Witnessの略で直訳すると「分離された検証」すなわち、署名を分離するという意味である。各取引データに付いていた署名の一部を、ブロックごとにまとめて行うことで、取引データごとのデータサイズを小さくして、結果的に一つのブロックに入る取引データを増やすものだ。2xは見た通り2倍という意味であり、現在1メガバイトの制限があるブロックサイズを、倍の2メガバイトにする。

この改善案をどう決定するか、その意思決定方法についても提案されている。ある時点から約2日半の期間に作成されたブロックのうち、80%以上のブロックにSegwitに賛成するという意思表示が書き込まれていた場合、ブロックチェーン全体がSegwitを採用することとし、対応していないものは無効とするというものだ。ちなみにブロックに意思表示を記入するのは上記の①マイナーである。この手順でSegwitが有効かされたのち、6ヶ月以内にブロックサイズの2倍への拡張も行われることになる。

 BIP148

UASF(User Activated Soft Fork)とも呼ばれる。上記のSegwitのみを行うという提案。但し、その決定方法がBIP91とは異なり、投票によって集団的な意思決定を経ることなく、強制的にSegwitを支持していないブロックを不正とみなす。従って、Segwit対応ブロックチェーンと、非対応ブロックチェーンで分裂する可能性がある。
※但し、これはSegwitがなかなか実現しない場合にのみ発動されるもので、現時点では上記BIP91が十分な賛成が得られたため、BIP148が発動されることはないと見られている。

Bitcoin Cash

Segwitを行わず、ブロックサイズを8MBに拡張する。Bitcoin Cashを推進するグループは、投票などによらず、機械的に8月1日にこの仕様に基づくソフトウェアで運用を開始する。これにより、ビットコインは従来のものとBitcoin Cashに分裂する。なお、この提案を指すものとして、UAHF(User Activated Hard Fork)やBitcoin ABCと呼ばれることもある。

 

異なる合意形成手法 

これらの改善案は、スケーラビリティ問題に対する改善案はいずれも大きく異なるものではない。取引データを小さくしてブロックにたくさん入るようにするか、ブロックサイズを大きくするかというものであるし、その大きさが若干違うという程度のものだ。

しかし、より大きく異なるのは、その合意形成手法である。そもそもビットコインには、台帳のバージョンに対する合意形成は優れた設計がなされているものの、その仕組みの更新に関する合意形成手法は組み込まれていない。そのため、各提案の中に合意形成手法も併せて提案されることになる。

BIP91はマイナーによる投票を行い、8割以上の賛成によって全体を移行させることを目指す。集団的意思決定において反対者も含めて全体に影響を与えるという点では、投票による民主主義と似ているおり、理解しやすいだろう。(実際に8割以上の賛成を得ることができた。)

BIP148は投票を経ずに、強制的にあるタイミングで全体を移行させることを目指す。この場合、合意形成プロセスは何ら経られていないので、賛成派と反対派で分裂する可能性がある。

Bitcoin Cashは、BIP148と同様に投票を行わないが、そもそもビットコインをバージョンアップさせることを目的とするのではなく、別のコインに分岐させることを目指している

 

分裂の原因とコスト

BIP91と148は、曲がりなりにもビットコインそのものをバージョンアップすることを目指しており、最悪の場合は分裂する可能性を含んでいるというものだ。分裂する可能性があるのは通常の民主主義の手続きと異なり、少数派が多数派の決定に従わなければならない機構は存在しないためである。したがって、少数派であっても、自らの仕組みを信じ続ければ、その仕組みで運用を続けることは可能である。その場合は誰からも相手にされないコインを管理し続けることになるかもしれないが、一定の人数が集まれば、仮想通貨として生き残ることは可能かもしれない。

このように、ビットコインの分裂は、多数派の意見を全体に強制する仕組みが無いという仕組み上の問題から発生している。こうした分裂は、ビットコインの機能の進化という点では評価できる一面もある。しかし、原則的には、分裂の際には利用度に応じてコインの時価総額も主流コインと分岐コインで分割されることになるだろう(制度ではなく、市場の評価による)。そうなれば、主流コインのみを利用し続ける利用者は損をすることになるため、分裂のたびに複数のコインを管理しなければならなくなる。したがって、こうした管理コストについても考慮しておく必要があるだろう。

 

意思決定への参加者

また、もう一つの問題は、誰がこの分岐の意思決定に関わるのかという問題である。現状では、合意形成における意思表示は、ブロックを作成する係であるマイナーが、ブロックに埋め込む形で行われる。したがって、投票権を持っているのはマイナーたちである。マイナーも一人一票持っているわけではなくあくまでも作成できたブロックに対して一票ということになり、ブロックを多く作成できるマイナーは多くの票を持つことができる

ところで、マイナーは上位5社で半分以上のシェアを持っている。上位5社で、投票権の半分を持っているということになる(https://blockchain.info/pools参照)。

もともと、マイニングには誰でも参加することができる。しかし誰がブロック作成を優先的に行うか決める必要があり、そのためにProof of Workといういわば「誰にでもできる」計算処理を課すことにした。しかしその「誰にでもできる」という特性は、単純な計算能力の競争をもたらし、結果としてマイナーの寡占化につながってきた。機会の平等は確保したが、結果の平等は保障されないということである。

こうしたマイナー寡占化という問題は以前から指摘されていたものの、台帳管理だけでなく、ソフトウェアのバージョンアップのような重要な意思決定という場面を迎え、新たに脚光を浴びることになるかもしれない。(但し、一般ユーザーやトレーダーの行動が分岐したコインの価格に影響を与え、この価格が間接的にマイナーの行動に影響を与えるとの考え方もある。詳細はこちらを参照。)

 

社会的アーキテクチャも含めた進化の過程

こうした分裂問題に関する混乱は、Bitcoin Cashによって、それが現実に起こりうることが明らかになったことで、今後も起こる可能性は十分にあるだろう。分裂には一定のコストもあり、分裂を防ぐには少数派を多数派の意思に従わせるという権力機構が必要になるだろう。

それでは、これまでの社会的なアーキテクチャに逆戻りすることになるようにも見える。それよりは、多少のコストを払ってでも、分裂を繰り返しながら進化していくことを見守ることも必要なのかもしれない。

 

 

※本記事は執筆者の個人的見解を提供するものです。本記事に記載された情報によって生じるいかなる損害についても、一切責任を負いかねます。投資等は各自の判断にて行うようにしてください。

地域活性化とブロックチェーン

昨年、会津若松市で行われたデジタル通貨「萌貨」の概要と結果が公開されました。

英語ですが、どうぞご覧ください。

Blockchain-Based Digital Currencies for Community Building

要旨

ブロックチェーン技術は、近年、組織や経済全体に対して幅広く影響を与える技術として注目を集めている。ブロックチェーン技術、あるいは分散型台帳技術(DLT)は、世界に分散する不特定多数の参加者により発行・維持されるビットコインや類似のデジタル通貨を実現するためのプラットフォーム技術として誕生した。ビットコインなど、民間分野におけるデジタル通貨が普及するにつれ、同様のデジタル通貨を、幅広い様々な文脈において活用することへの関心が高まっている。例えば、英国、スウェーデン、カンボジア、カナダなどの中央銀行においては、それぞれ独自のデジタル通貨を検討しているとされている。また、自動車や太陽光パネルなどを含め、IoTにおける決済へのデジタル通貨の試みもみられる。いくつかのスタートアップ企業では、資金調達手段としてデジタル通貨を活用している。多様な文脈と目的に対してデジタル通貨を発行することは、経済の機能に影響を与えることが考えられる。本稿では、地域活性化のためのデジタル通貨に関する概念的枠組みと技術実装について解説し、新規のマネーである「萌貨」の実証実験の結果を報告する。

Abstract

Blockchain has recently become the center of attention as a key technological tool to impact a broad range of organizations and affect the overall economy. Blockchain technology, also referred to as Distributed Ledger Technology (DLT), was initially created as the platform technology that enables Bitcoin that are issued and maintained by anonymous participants around the world. Reacting to the wider acceptance of digital currencies in the private sector, such as Bitcoin, there is a growing interest in the wider use of similar digital currencies in a different context. For example, central banks in countries such as the United Kingdom, Sweden, Cambodia, and Canada are reported to be considering their own digital currencies. There is also a trial to use digital currencies to enable payments for the Internet-of-Things, such as automobiles and solar cells. Some start-up companies use digital currencies to collect investments. Issuance of digital currencies for a variety of contexts and purposes could change how the economy works. This paper provides a conceptual framework and technological implementation of a digital currency for community vitalization and reports the results of a Proof-of-Concept using a new local currency, “Moeka.”

 

 

インタビュー記事の掲載

EnterprizeZine様に、インタビュー記事を掲載していただきました。

普段のブロックチェーンの話よりも、少し幅広い視点からお話させて頂いています。

よろしければご覧ください。

インタビュー掲載:「ブロックチェーンは独自通貨を持つ企業国家を生み出す? GLOCOMの専門家にインタビュー」, EnterprizeZine, 2017年5月31日公開, http://enterprisezine.jp/article/detail/9201.