シェアリングの経済学

今日はGLOCOMで開催された研究ワークショップ「社会課題解決策としてのシェアリングエコノミー ~人材・地方の遊休資産を再活用するインパクト」に参加者として参加した。

先日の情報文化学会の基調講演もそうだが、最近シェアリング・エコノミーについて考える機会が増えている。

シェアリングが可能になった背景には二つの意味での取引コストの削減がある。

一つは、ICTによって空いた部屋、空いた車、空いた時間(労働力)などに関する需要と供給を可視化し、マッチングが飛躍的に効率化したことだ。

しかし、もう一つ重要な取引コストの低減がある。それは、評判と信頼の可視化により、不確実性や機会主義的行動という取引コストを削減したことだ

C to C(コンシューマーとコンシューマー)が直接やり取りするシェアリングでは、階層組織による監督機能がないため、とりわけ提供側に付随する不確実性や機会主義のリスクが増大する。例えばライドシェアに乗せた後に料金を水増ししたり、遠回りしたりといったことだ。あるいは、部屋を借りたら清掃が行き届いていなかった、ということもありうる(もちろん、利用者側の不確実性も存在する)。

こうした不確実性が高まると、市場で取引することはできず、企業組織によって上司からの監督という形で品質を保証することで不確実性を回避することになる。

こうした不確実性について、シェアリングではレーティング(評価)という形で回避している。さらに、決済機能を外部化することで、支払いにまつわる不確実性や機会主義を低減している。C to Cのシェアリングが機能するためには、こうした不確実性の回避は不可欠なものだ。

最近のシェアリングサービスの普及は、ICTにより取引コストが低減されるのであれば、階層的組織でなくともサービスを提供できることを示している。それは、ヒエラルキーから分散型・マーケット型のサービス提供形態への転換の可能性を示している。

その一方で、それがいわゆるC to C、すなわち生活者同士のシェアという思想に基づくものか、あるいは新しいプロフェッショナルなサービスの提供形態なのかは明らかではない。

また、シェアリングは一面では個の権限の増大を示しているが、一方ではネットワーク効果を背景とした仲介事業者のスーパースター化を伴う可能性があることにも注意が必要だろう。

 

雇用契約の古典的理解:シェアリング、クラウドソーシング、テレワークを考える出発点として

最近、シェアリング、クラウドソーシング、テレワークなどについて検討する機会があった。これらに共通するのは、伝統的な組織階層における指揮命令系統に対して、個人が一定の権限を持つ分権・分散的特性を備えていることである(テレワークはケースバイケースであるが)。

そこで、ここでは伝統的な組織の特徴とは何か?を整理しておきたい。それによって、新しいサービスの提供形態が、どの程度従来の組織と異なり、革新的なのかを測る出発点になると思われるからだ。

企業と社員の関係は?

伝統的な企業組織の要は、雇用契約である。この雇用契約とはある意味で不思議なものでもある。どのような業務を行うか、長期的な報酬はいくらなのか、いつまで雇われるのかといった重要な事項が曖昧あるいは不明なままに雇用契約に入ることもある(これは程度の問題で、場合によっては明確にすることもないわけではない)。こうした契約を、企業と従業員の関係だけを定めて業務内容に踏み込まないため関係的契約と呼んだり、あるいは情報が揃っていないため不完備契約とも言う。(ミルグロム&ロバーツ『組織の経済学』参照)

雇用契約の特徴に関する古典的な解釈は、Frank Knightによる「リスクと権限の雇用主への移転は企業の特徴である」だという(前掲書)。すなわち、企業家は様々な事業環境の変化などのリスクを受け入れた上で、従業員に対して一定の賃金を払うことを約束する。しかし、一定の賃金を支払う約束をしてしまうと、従業員が極端に言えば全くサボってしまう場合もある。そのようなモラル・ハザードに対する防衛のために、重要事項について決定権を持つと同時に、従業員に対して指示をする権利を持つというものである。

極端に言えば、「契約条項や法律によってはっきりと禁じられていないことならば、上司は従業員に原則的には何でも命じることができる。従業員の方は(中略)、唯一の実質的な武器となるのは辞表を出すことである」(ミルグロム&ロバーツ、前掲)という関係とも言われている。従業員側から見れば色々と指示されるのは不本意かもしれないが、収入の安定という対価を得ているのである。要するに、「企業側が収入保障というリスクを負っているのだから、指示する権限がある」というわけである

なぜ従業員間でも上下関係があるか?

ところで、企業では会社が従業員に指示するだけではない。多くの階層のなかで、上司が部下に指示をするということがある。別に「会社-従業員」関係でなくても、従業員間に指揮命令系統がみられるのは、情報処理の効率性によるものだとする見方が一般的である。

例えば、突発的な事態に対して対応する場合、完全にフラットな立場で議論して決定するより一方に決定権限を寄せた方が効率的であり、またあらかじめ誰が権限を持っているかを明らかにしておいた方がさらに効率的というわけである。

ウイリアムソンの『市場と企業組織』はさらに、情報収集能力と意思決定能力は個人によって違いがあるので、特に得意な者に任せることで効率性が上がる可能性があるとする。ここでは雇用関係に着目していないので、得意な者が意思決定権を持てばよいということになる。

脱・企業組織はどのような場合に優位性があるか?

これらの議論を踏まえると、シェアリング、クラウドソーシング、テレワークなどが、伝統的な組織形態に対して優位性を持つとするなら、以下のような点を検討する必要があるだろう。

  • 関係者間で適切なインセンティブが設定され、モラル・ハザードに陥る可能性が低い
  • 不確実性を減らすための業務の明文化、形式化がなされている
  • 集合的な意思決定に上下関係があまり必要ではない、あるいは集合的な意思決定自体があまり必要ではない

シェアリング、クラウドサービス、テレワークなど新しい働き方は、伝統的組織、あるいは雇用契約に基づく働き方に代わる組織形態を示唆している。労働者と企業の間で誰がどのようにリスクを負担しているのか、意思決定の効率性はどのように確保されるのか。こうした観点は、新しい働き方の有効性と継続性を考えるうえで重要かもしれない。

 

Uberはシェアリングか、新たな交通業か?

以前にも取り上げたことのあるUberが、中国への進出を加速させている。中国の投資家から新たに12億ドルを調達し、来年にかけて中国内の100都市に進出する予定だそうである(New York Times記事:Uber Raises Another $1.2 Billion to Deepen Push Into China)。

以前にも取り上げたが、Uberが成功するには、一般的にいくつかの条件があると思われる。

  1. 車を持っている人がたくさんいる
  2. その車を使って追加の収入を得る必要がある人がいる
  3. 既存のタクシー業界等との軋轢が少ない

Uberが中国への進出を急ぐのは、中国は市場として大きいだけでなく、これらの条件に近いからなのかもしれない。

これらの条件に加えて、外資系企業としては、地元との様々な調整が必要だろう。しかし、これも抜かりはない。中国を代表するネット企業、BaiduがUberには資本参加しているのである。中国での普及に向けて、着々と準備を進めてきたようである。

しかし、ここまで大規模な投資を得て、大々的に海外展開するUberを見ていて、別の疑問が生じる。UberはAirbnbなどと並んで、空いたリソースをシェアするシェアリングビジネスの代表例として取り上げられることが多かった。

しかし、もしドライバーが主に職業としてUberに参加し、それがこれだけ大規模に組織化されるとなると、それはもはやシェアリングというよりもひとつの新しい交通サービスのようにも見える。

もっとも、シェアリングが大規模営利企業であってはならないということはない。しかし、例えばシェア経済について大きなインパクトを与えたボッツマン&ロジャースの「シェア」が述べたように、シェア経済が大量消費社会へのアンチテーゼとの意味合いを持ち、ややユートピア的なコミュニティの色彩を帯びているとすると、Uberはややそうしたシェア経済の思想とは異なりつつあるようにも見える。

その意味では、シェアリングは共有を重視するコミュニティに限定されるものではなく、ビジネスにおけるひとつの考え方や選択肢になりつつあるのかもしれない。